俺が28年間生きて最も時間を無駄にした日。




どうも、こんばんわ。

最近、パソコンに使える時間が増えて喜んでいるオレクヤンです。
文章を綴る事がこんなに楽しい事だとは思いもしなかった。新しい発見ですね。

はてさて、本日は、、、人生で最も時間を無駄にしてしまった日があるので、その日について綴っていこうと思います。
といっても、中々出来ない経験をしましてし、こうやってブログに綴れるという事を考えれば、完全なる無駄という事ではないのかもしれませんが、自分的には完全なる無駄と汚点だと感じています。

やってみて面白かったのは事実ですが、皆さんも気をつけて頂きたく思います。

無駄使い。

まず、無駄使いについて考えてみます。

無駄使いは【お金などを役に立たないことに使うこと】という事らしい。

ではでは、なぜ無駄使いをしたとなるのか、考えてみよう。

役に立たない事って?

役に立たないか役に立つかは、自分が決めれる事です。

昨日、【一人で朝まで呑んだくれた。】として、それで二日酔いでも気分が晴れてストレス解消できれば役にはたっていると俺は考えます。

何か行動を起こしてしまった事に大して、後で自分が後悔してしまった瞬間から役に立たない事をした事になり、【無駄遣いをした】となるのではないか、、、

他人が決める事ではない。

無駄使いするな!!!と、妻に言ってしまう旦那っているようですが、はたして無駄使いなのか?

洋服を買った。それを一日しか着ていない。
はたから言わせりゃ無駄使いかもしれないが、当の本人はそれを着て出かける事で心に余裕が出たかもしれない。なら、本人は無駄使いをしているとは思えない。

価値観の違いってこういう事から生まれると思うんです。

なぜ、相手の行為を自分の考えだけで判断し、相手に押し付けるのでしょうか!

決めるのは、自分です。
わかりやすくお金になりますが、自分が使ったお金をあとで後悔した時無駄使いになります。
でも、さらには、次回から気をつけようと学びとして得たものがあるのなら、一概にすべてが無駄使いとするのは、どうなのでしょうか?

無駄使い=後悔

無駄使いは、自分が後悔した時に初めてその存在が現れるような感覚です。

勿論、後悔した事を今後に活かせば無駄使いという言葉は、適していない気がします。

でも、無駄使いしたと後悔しただけでは、恐らくずっと後悔し続けるので、完全なる無駄使いというくくりにしていいでしょう。

今回の俺のケースでは、こうやってブログに経験としてかけるし、今後も同じ事はしないと決めているので、完全な無駄使いとは言い難いのですが、それでも無駄な事をしたと思うほどの事をしてしまったのです。

俺の後悔。

俺が専門学生の頃、音楽の専門学校に通っていたのですが、楽しいことしかしたくなくて、学校が終われば、パチ屋に走ったり、雀荘に足を運んだり、はたまた意味もなく友達の家に泊まりにいったりを繰り返していました。

勿論、学校に行った事は後悔していませんし、学校生活を端が見ていたら無駄使い級の生活でしたが、それでも後悔もしていないので、自分では無駄使いをしたと思っていません。

得たものも多かったし、経験出来ない事もいっぱいできた。

おまけに、専門学校で初めて、

【卒業したくねぇ】って思えるほど、充実した生活を送っていました。

ただ一つ、賭け事をやりすぎた。

専門時代、ギターや作曲をする時間も多かったのですが、それに比例して賭け事にも時間を費やしていました。

ちょっと度が過ぎていたのは、言うまでもなかったです。

もう毎日楽しくて楽しくてしかたなかったんですよね。

雀荘に35時間滞在。

これが、俺の人生で一番時間の無駄使いをしたと思っています。

これが、麻雀に人生を捧げている人なら、まだわからんでもないですが、俺の夢はシンガーソングライターだったので、これほど後悔して無駄だと感じている事は、ないです。

35時間。仮眠もなし。なんなら途中寝ながらやっていた。

麻雀なので、4人いるが2人は入れ替わりだったので、俺ともう一人が、雀荘に35時間篭り、ひたすら牌をさわり続けました。

最終結果。

得点をつけて、順位をつけていたのですが、35時間後4人でほぼ平行線。

何回やったかもわからない。ただ、気づけば日がかわり、昼に打ち始めて夜に外出たのに、日付が変わっている不思議な感覚。

帰りの電車の中での感情。

もう、真っ白なジョーみたいになっていました。

最近の子はわからないのかな?

ただ一点を見つめて、寝て、起きて、乗り換えて、寝てを繰り返す。

ここで不思議な感覚が、体を走るんです。

「何をやっているのだろう。」これは、普通。

何をやっているのだろうと思ったのですが、これは普通の感覚でした。

後悔もしたし、やって意味があったのか?
途中から楽しいって感覚すら麻痺していたので、普通の感覚なんですが、、、

「置いてかれた感」これが不思議な感覚。

日付は覚えていないのですが、仮に1日の昼から始めて35時間だったので、翌日の深夜0時過ぎに終わったんです。

帰る時の携帯は、3日になっている。

雀荘は、窓がほとんどなく外が見えないため、時間の感覚があまりありません。

空白の2日がある感じがあるのです。

この一日で、社会・世間・世界から一日置いてかれている感覚に囚われるんです。

本当に何かを失った感覚です。

まとめ

あれだけ、後悔した日は、あの日以来ありません。

冒頭でも話したように、これが今ブログでつづれているのは、幸いだとしても、それにしても長い時間を無駄にした。

あまり35時間何かした事がある人ってなかなかいないんじゃないでしょうか?

しかも、自分にとって何の得にもならない事でした。

始めの15時間くらい楽しかったという事だけ。
後は、何も生み出してはくれなかったんです。

何事にも度って大切だと感じさせられますね。

 









 

デグーを愛するはゆま

 

似たような高みを目指す同期ブロガー。
やり取りすると、かなりファンキーな気がするけど、どんどん優しい人柄が垣間見えて来ます。

デグーに関して詳細に記事を書いていたり
仕事の悩み、くすっと笑える記事など多方面に文才を発揮しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です